陽気な音楽が流れてきたなぁと思ったら、男たちが次々丸坊主にされ、それが延々と続く――。徴兵といえば坊主な訳だが、ここまでまとめて断髪シーンを拝める映画もそうはなく、(一部のヒトの間で)このオープニングは語り草となった。

 スタンリー・キューブリックのベトナム戦争映画。確かに戦争映画ではあるが、反戦を訴えかけるような内容ではない。(“反戦”という視点ならば『博士の異常な愛情』の笑い飛ばし方のがずっと強烈である。) これはアタマのおかしくなっていくヒトを見るための映画だ。

 おかしいヒトは大好きである。デブ二等兵がハートマン軍曹を射殺する時のイッちゃってる顔にはホントに惚れ惚れしてしまう。多くのヒトにとっても、あの顔は一生忘れられないものになるだろうし、やはりこのシーンが一番の見所だと言えるだろう。

 しかし、ハートマン軍曹を殺した後、彼がジョーカーへ向けるまったく“人間的な”表情も見逃してはならない。睨みつけてはくるのだが、その奥に深い悲しみをたたえた表情がチラリと映る。

 そもそもデブ二等兵は何故ハートマン軍曹を殺したのか? という疑問がある。訓練の終盤、ハートマン軍曹とデブの関係は良好だった。基礎訓練にまるでついて来れなかったデブも、その射撃の才能を認められ、ハートマン軍曹をして「お前は強靭に生まれ変わった」と言わしめている。

 デブは軍曹を殺そうとしていたのではなく、自殺しようとしていただけなのだ。そこへ邪魔が入ったために、殺してしまった。ではジョーカーは何故殺されなかったのか。

 ハートマン軍曹はデブを虐めていた張本人だから、恨まれて当たり前。逆にジョーカーは自分を擁護してくれた恩人であり、たとえ精神が崩壊してしまっても、その恩を忘れることはなかった――と言えばなんだかハナシとしては美しくまとまってくれる。しかし、デブがジョーカーへ向けた眼差しは、「そうではない」と言っている気がしてならない。

 デブがおかしくなるキッカケは深夜のリンチだ。実はデブはジョーカーがリンチに加わっていたことをちゃんと解っていたのではないか。ジョーカーだけは自分の味方である――そう信じていた彼が自分を打った。(無粋な事を言うと、みんなは1回ずつしか殴ってないのに、ジョーカーは3回も4回も殴っている。)ジョーカーの裏切りこそが、彼を一番追い詰めたのではないかと思うのだ。

 『フルメタル・ジャケット』はきれいな2部構成になっている。前半が訓練編で後半が実戦編。ドラマチックだった前半にくらべ、後半は意外に淡々としているが、戦場にいる兵士たちは紛れもなく“おかしいヒトたち”である。

 「よく女子供を殺せるなァ」
 「簡単さ。動きが鈍いからな」

 思えば、戦場に行きたくなくて自殺するというのは至極マトモな反応だ。デブの狂気は人間としての狂気であった。この映画に於いて、デブ二等兵のみが最後まで人間でいれたヒトなのかも知れない。

FULL METAL JACKET

『FULL METAL JACKET』
監督:スタンリー・キューブリック
1987年 アメリカ

「FULL」 1545px × 1584px 2006/3/18
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フルメタル・ジャケット FULL METAL JACKET