Your identity is a number
Your purpose is to consume
Your emotions are forbidden
Your entire life is on camera...
ここまで徹底してハゲばかり出てくる映画もないと思われる。男も女も、出てくるヒトはみなハゲである。
何故みんなハゲかというと、ここで描かれる未来社会では、完全に“標準化”が行なわれているからである。みな同じ服を着、同じものを買い、同じものを食べ、同じポルノを見る。髪形もハゲで統一されている訳だ。(ハゲは衛生的、且ツ、コスト・パフォーマンスが良いからだと推測される。)
ここには“個人”というものは存在しない。ヒトは生産し、また消費する“1単位”でしかない。各人を識別するための名前は、その個体が“使用済み”(死)になれば新しい個体にふられるコードである。
――というような恐るべき究極の管理社会を描いたジョージ・ルーカスのデビュー作。(『スター・ウォーズ』のような娯楽大作だと思って観始めると100%裏切られるので、その点は注意が必要。)
この映画で重要なのは、彼等は決して“不幸”ではないということだ。勿論“幸福”でもない。この世界の人々は「ただ一切は過ぎていきます」という境地に暮らしているのである。
ヒトの幸・不幸は相対的なものだ。他人と比べて、あるいは以前の自分自身に比べて、今の自分が上なのか下なのか、そんなことでヒトは喜んだり悲しんだりする。大抵ヒトは「ずっと幸福であればいい」なんて夢見るものだが、もしホントに人生に“幸福”しかなかったとしたら、ヒトは永遠に自分が“幸福”だとは気付かないだろう。幸福でない状況があるからこそ“幸福”というものを認識できるのだ。
だからヒトは喜んだり悲しんだり、楽しかったりつまらなかったり、怒ったり笑ったり、好きになったり嫌いになったりをずっとずっと繰り返す。しかし、そういう浮き沈みはなんか疲れてイヤだなぁ……、と感じたら、その両方をセットにして捨ててしまうという選択肢もあるのかも知れない。
『THX-1138』の世界はまさにそれである。ヒトは感情抑制剤を服用しているので、幸・不幸を感じない。人類は愛を捨てることで憎しみを追放し、永遠に“平和”な社会――究極の均衡状態をついに実現したのだ。
「いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます」――みたいな。
人類はなんでこんなヘンテコな社会を作ってしまったのだろうか? 映画の世界観を勘違いしているヒトもいるかも知れないが、ここには“支配者”という存在はないのである。ヒトは自ら望んでこのフラットな世界に閉じこもったのだ。
自分のように、出来るだけ疲れたくないとか、人間関係ッて面倒臭くてイヤだ、単調でも安定した人生がいい……なんて考えのヒトが増えてきて、やがて世界はこんなところに落ち着くんでしょうかね。この映画がえらく気に入ってしまって、なんども繰り返し観ているうちに、「この世界って実はいいところなんじゃないか?(ハゲばっかだし)」と思い始めたんで、かなり危険……。
(※ 実際の映画は、人間としての自我に目覚めた主人公が、自由を求めて疾走するという感動作であり、逆方向に洗脳される可能性は殆どないと思われるので、是非一度ご覧あれ。)